ボタンをつけなくちゃ

季節はコートを必要としていた。
ボタンが取れている。
私は急いで自転車を漕いだ。

小さな老夫婦が営む手芸店は早々から開いていた。
突然やってきたにも関わらず、淡々とボタン糸を探してくれるおばあちゃん。「ここでつけていく?」と自分の裁縫道具をわざわざ持ってきて、針を手渡してくれた。慣れない針を持つ私に手を差しのべ、やっとひとつのボタンを付け終えることができた。

おじいさんは、ずっと仕事の電話をしているが、どうも話が嚙み合わないらしい。もう、60歳はとうに超えたように見える。後から聞くとおばあちゃんは80歳を超えていた。

糸代は165円だった。
「針も購入しますと」言った私に、おばあちゃんは「そんなに使わないでしょ?」と少し微笑んで糸に針を刺して渡してくれた。
30分にも満たない時間だった。

その時間は温かいというよりも、まるでいつもの光景のようだった。
馴染みのない客の私に驚くことも煙たがることもなかった。
50年以上続けているお店だと聞いた。
不意に現れた今日の私など特別でもなんでもない。

また来よう。
いくらか温かくなった心を持って、勢いよくペダルを踏んだ。

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